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◇やつがドイツから来た!
今日、入荷の連絡があってやつを引き取って来ました。
年内はどうかと思いつつ期待半分でしたが「♪お正月を写そ」に間に合いました。
売ったハーレーの代わりに来た訳ですからこれからガンガン活躍してもらいます。
そこでR-D1。
今、にらめっこしてます。(-_-)
タイミング的には・・・旅立たせるとしたら・・・今かな・・・と思いつつ
色んな思いをめぐらせるのでした。
みなさんの「使いレポート」を拝見してると Hand Grip は必要との判断で同時購入。
運良くラスト1個をPOINTでGET!
あとはバッテリー充電が早く上がんねーかな と充電器を頻繁に確認。
と、そんな自分を大人の自分がばっかみたいと自責する。
が、子供の自分はいいじゃねーの、人生始まって以来の高っけーカメラ買ったんだから。
と応援してくれる。
明日、レンズは何に付けようか、と数々の思案の展開を繰り広げるのでした。
◇伝説+女優
大事にしている一枚の写真がある。
僕がこの業界に入って一番最初に携わったドラマ作品の全体写真。
全体写真とは撮影も終盤近くを迎えると短かったけど苦労や喜びを共にした
スタッフ&キャスト全員と撮る記念写真を言います。
ですから普通の記念写真とは違います。
目標は一緒でもその課程の中で各セクションが切磋琢磨しぶつかり合い
そして全てをみんなで共有し合った証なのです。
改めて携わった全ての写真を見ると感慨深いものがあります。
特にこの一枚です。
◇横浜+中華街
◇もの撮り
☆画面をクリックすると大きい画面で見る事が出来ます。
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Canon EOS 5D+EF24-105mmF4.0L USM+Close-up Lens 500D
今日は休みと言う事で色々なものを撮ってみた。
まずはLeica D-LUX3+Case。
そもそもこれを買おうと思ったのはいたって単純な動機で
馬鹿だと言われるのを覚悟で言うと・・・
「ケースがかっこよかったから!」(^_^;)
もともと財布とか鞄とか入れ物好きで色々集めて来ました。
しかもポーター関係のもの。
その中でもヘッドポーターが特にお気に入りで、ナップザックや
カバンはヘッドポーターを使ってます。
財布はヘッドポーターそのものと言う商品もありますが
他のデダイナーとのコラボした商品が大半を占めます。
特にビームスやG1950とのコラボは好きな一品です。
とにかく素材も含めデザインがすばらしい。
上の素材はAlexander Girardデザインのファブリックです。
彼はイームズのハーマンミラー社のデザイナーで多岐に渡り
数多くのすばらしいデザインを残しました。
1965年Braniff International Airways(アメリカの航空会社ブラニフ航空)の
旅客機のカラーリング、内装、ラウンジチケットまで全てのデザインを
手掛けたのが有名です。(伝説の航空会社)
色彩鮮やかで70年代その物です。
大好きなデザイナーです。
BEAMSの商品は趣向を凝らし色々楽しませてくれます。
企画がいいですね。
面白く楽しいの一言につきます。
◇ブス恋SP+ALL UP+M8
☆画面をクリックすると大きい画面で見る事が出来ます
先日、ブス恋SPがALL UP しました。
今回に限った事ではありませんが、撮影は楽しくもありお約束の寝不足もありで
色んな意味で濃かったです。
その分、内容的には面白い作品に出来上がったと思います。
今年もあと少しで終わろうとしてますが年末の出来事として記憶に
新しいのがM-8の発売。
9月下旬頃に某量販店に予約を入れたのですが見事スカ。
時期的には余裕と思ったのですが?だめっだったんですね、これが。。。
予約入れる店、まちがったかなー。
「♪お正月を写そ~♪」なんて考えていたのに・・・・
まあ、これもさだめと受け止めましょう。(^_^;)
けど、次の入荷まで資金残ってるかな?
それが心配。うん。
パターンとして、「あっ欲しい」と思ったら後先考えないでそのまんま
血圧が上昇し我を忘れ、口を半開きにして「これください」と言っちゃうもんな~
ダメっダメ。
がまんがまん。
M-8君、まだドイツなの。
待ってるから~ (^_^)/
◇あすからクランクイン
◇もうすぐクリスマス
☆画面をクリックすると大きい画面で見る事が出来ます
もうすぐクリスマスですが
僕が北海道で幼い頃過ごしたクリスマスの思い出と言えば
鳥のもも肉やケーキを食べたぐらいで特にプレゼントとか貰ったと
言う記憶はありません。
夢が無いですけどサンタさんの存在などどうにでも良かったと言うのが
幼かったですが思ってた事でした。
それより家業が漁業で父親はほぼ毎日船に乗り仕事をしてて無事帰ってくる事や
いっぱい魚を捕ってきてくれる事が家族の願いでした。
僕が幼稚園の年少に入った頃、父親は国境侵犯で旧ソ連に拿捕され5年間
抑留され強制労働を余儀なくさせられました。
それは家族にとって辛い日々の始まりでした。

